ゆるゆる育児日記

布おむつの魅力に日々はまりつつ、田舎で適当子育て。日々の記録。

夢の中で

体調が悪くて、寝たり起きたり
そんな日はいろんな夢を見る


珍しい夢を見た
懐かしい人が出てきた

たぶん、夢に出てこなかったら、これから先、きっと思い出すこともなかった人
中学校3年生の時のクラスメイト

なんで、この人が夢に出てきたんだろう、と思う
フルネームも思い出せない
あの頃交わした会話も、ほとんどなくて、でも、嫌いじゃなかった
それくらい

見る夢、覚えている夢、全てがいつもと違って、なんか、体調よくないなあって思う

それにしても、私の見る夢は、いつも、寂しいような雰囲気が漂っている


またそのうち、夢の中でしか行けない場所に行きたいなあ

布おむつ

実家に滞在中は、結局使う事がなかった布おむつ、帰って来て、やっと使える(=´∀`)

2週間、紙おむつを使ったら、布おむつがめんどくさくなるかと思ったけど、そうでもなかった。

ただ、寒くなったから、水が冷たい(*´ー`*)

(当たり前だけど、地味にこたえる)

雪が降っても、布おむつ使えるんかな??(ちょっと自信ない)

まあ、ほどほどに頑張ろ。

あんまり寝てくれてないから、洗うひまないっていう問題にぶつかり中。

今の時代は、自動洗濯機があるからいいね(*´꒳`*)

朝ドラの見すぎかな(笑)

今、リアルタイムで布おむつが出てくるから、すごい見てしまう。

(べっぴんさんよりも、再放送のごちそうさん、のほうが好き。)

 

2週間の滞在から帰って来て変わったのは、洗濯機を使うようになったこと。

前は時間もあったし、ほぼ手洗いしていた。

思ったのは、洗濯機はすごい汚れが落ちる!ってこと。

おむつだけ別洗い、とかもやめた。

ざっと手洗いしたら、あとはまとめて洗濯機にぽい。

洗剤も、赤ちゃん専用を使っていたけど、やめっ( ̄∀ ̄)

(うちの子はそんなに繊細じゃないので)

それだけで、布おむつがよりいっそう、楽しくなった。

 

成形おむつを使っていたけど、たまたまもらった輪おむつが、使いやすすぎて困る。

成形おむつ、高かったのに(^_^)

いろいろ試すって、大事だな。

 

子ども辞書「んち」

今日で2週間の滞在も終わる。
何もすることがなくて、懐かしい思い出を、辿ってばかりいた。

向こうにいても、ひまであることには変わりないけど(*´罒`*)

もしかしたら、会えるかもしれなかった、しょうちゃんにも会えなかった。
今度は正月にでも、行ってみようかな。

しょうちゃんちの2階の、陽当たりのいいゲーム部屋(しょうちゃんの年の離れたお兄ちゃんの部屋)、好きだった。
しょうちゃんよりも、あの部屋が、妙に懐かしい。
スーパーマリオコレクションとか、上海とか、よくしたなあ(๑´ㅂ`)
スーファミ時代、楽しかった。
今のゲームは、というか、今はゲームにはまれない。


そういえば、
「〇〇ちゃんち」って、いつからか言わなくなった。
「〇〇ちゃんち、行ってくる」(小学生くらい)
から
「 〇〇ちゃんの家(いえ)、行ってくる」(高校生以降?)
に、変わった。
私だけかな?
いや、でも、そこそこのいい大人に、普通の会話の中で「〇〇ちゃんち」とか言われたら、ニヤけるかも(*^_^*)
親しい人に使える言葉、とも言えるかな(私は)。

また、きょうちゃんち行こ⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝

懐かしい場所

「絵の展示があるから、行こう」

そう言われて、なんとなくついて行った場所は、子どもの頃よく行っていた映画館(文化センター)だった。

絵の展示よりも、懐かしい場所に行くことに、ちょっとわくわくした。

 

何もなければ通らない場所、というわけではない。

映画館周辺の建物も、ずいぶん変わっていたし、もうその風景に、馴染んでいた。

全てがガラッと変わったわけじゃない、古い建物と新しい建物が、うまい具合に共存している。

私の地元の、好きな場所のひとつでもあった。

 

文化センターの中に入って、その雰囲気や匂いに包まれて、一瞬、あの頃の自分に戻ったような、不思議な感覚におちいった。

地元の文化センターで映画を見ていたのは、小学生の頃だった。

(中学生になると、大きな映画館に行くようになる)

 

ここに、誰とよく来ていたんだっけ?

 

その記憶はぼんやりとしていて、ハッキリと思い出せなかった。

中学生の頃の友達や、高校生の頃の友達のことは、今でもよく覚えている。

小学生の頃の、友達関係の多さに驚かされる。

家が近所だとか、親が仲良しだとか、兄弟の友達だとか、男も女も関係なく、もう誰とでも遊んでいた。

 

だから、誰と来たのかは、なんとなく想像はつく。

でも、誰とでも来ていたわけではない気がする。

 

見ていた映画は、ウルトラマンとか、ゴジラとか、ドラえもんとか、ちびまる子ちゃん

あの頃は、映画の途中で、飽きて帰ったりもした。

お母さんともよく行った。

お母さんは、いつも隣で寝ていた気がするけど、今なら、わかる気がする。

 

高校生になってからは、小学生の頃の友達と、全く会わない。

だから、小学生の頃の思い出話を、することがない。

そう思うと、今になって突然、会いたくなったりする。

忘れかけていた過去の思い出を、もうずいぶん開けていなかった引き出しから、取り出したくなっている自分がいた。

 

この道を、私は、子どもと歩くだろうか。

この場所に、私は、子どもと来るだろうか。

 

今、私の生活している場所はここじゃないから、来ないかもしれない。

もう来ないかもしれない、そう思った。

涙が出た。

 

子どもを生んで、4ヶ月、いろいろなことに気づかされる。

人生の、折り返し地点に立っているような、そんな気がした。

 

私が同居OKな理由

30代を過ぎると、友達の半数以上は結婚していた。

でも、誰も同居なんてしていなかった。

 

私の親も同居じゃない。

おばあちゃんは隣に住んでいた。

 

なので、同居ってどんな感じかわからないまま、結婚式後から同居は始まった。

 

結婚して2年、今のところ、同居は悪くない。

 

私は結婚しようと決めた瞬間に、相手もいないのに、同居する気だった。

そもそも、実家からちょっと離れた所(しかも田舎)に住みたい、という思いから結婚を決めた(相手もいないのに)。

 

それまで、結婚願望ゼロ。

つまり、他人と2人きりで住む、というのがちょっと怖かった。

たとえば、結婚後に暴力的になった、とか、そーゆうのを恐れていた(そんな友達がいるわけではない)。

喧嘩して、即離婚とかもイヤだしね。

そんな不安を全て解決してくれるのが、同居、ではないかと思っていた。

 

いろいろなめんどくささは、大丈夫な自信があった。

10年ブラック企業で元気に働いた経験、それが私の自信だった。

 

あと、自分を試してみたかった。

同居いけるかどうか、みたいな。

(この実験、危険すぎるけど)

 

20代前半で結婚していたら、たぶん、同居ムリ( ˘・ω・˘ )

里帰り出産をしなかったのも、20代じゃなかったから出来たこと。

 

お義母さんと義祖母は、なにやら確執があるっぽい。

義祖母は90歳超、そこそこ元気。

私としても、義祖母よりお義母さんの方が合う。

 

たぶん、たまたま、ほんとに運良く、いい人と結婚出来たんだなあということかな(*^_^*)

 

子どもにとっても、おじいちゃんおばあちゃんに囲まれて成長出来るっていいよね。

私には出来なかった経験、ちょっとだけ羨ましい気持ちで見守ります。

 

 

でも、まだ2年ちょい、これからかな。

 

思い出の道

産後4ヶ月、高速1時間弱の距離、やっと実家に帰れた。

私の運転は心配らしく、送り迎えしてもらうから、自由に使える車はない。

2週間の滞在。

家族は当然仕事に行くから、ものすごくひま( ´•ω•` )

歩いてうろついてみた。

懐かしい小学校の通学路、たぶん、中学生の時以来通ってない。

小学生には広く感じた狭い通路、周りには新しい家が所狭しと立ち並ぶ。

ザリガニをつかまえた場所も、桃の木があった場所も、もうない。

当時の思い出が残っているのは、今にも崩れ落ちそうな借家。

(あの頃そこに住んでいた人がまだいるらしい。)

狭い通路の左に借家、右に見上げるように新しい団地が建ち並んでいる。

この借家もいずれなくなり、新しい家が建つんだろうな、と思った。

狭い通路を抜けたら、当時一緒に遊んだ友達の家がある。

変わってない。

 

 台所から音が聞こえて来た。

 「こんにちは、お久しぶりです。」

あの頃の感じで訪ねてみる。

(小学生の頃は「しょーうちゃん、あーそーぼっ」だったな)

おじさんが出てきた。

見たら突然思い出して懐かしくなる。

(おじさん、変わってない⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝)

10年以上会ってないから旧姓を名乗ってみると、すぐに思い出してくれた。

おばさん登場。

さらに、懐かしい。

(おばさんも、変わってない( ˶ˆ꒳ˆ˵ ))

 

「おじゃまします。」

上がらせてもらう。

(部屋の中も変わってない。テレビがでかくなったくらいかな( ˙◊˙ ))

同級生情報をたくさん聞いて懐かしくなった。

意外なのは、みんなわりと結婚してなかったこと。

(しょうちゃんは結婚している。)

 

結婚してない時は、取り残された(みんな結婚してるんだろうな)感があったけど、してみるとそうでもなかった。

 

すべてが懐かしかった。

変わったこともあるけど、変わってないこともある。

当たり前のことに感動する。

( ˶˙࿁˙˵ )ᐝ

 

子どもの頃限定の思い出って、いいなあと思った。

あやふやな記憶や鮮明な記憶、何を正しく記憶しているか分からないのもまたいい。

 

20年経っても変わらないもの、ぼんやりとしっかりと残る思い出の場所を、自分の子どもにもさりげなく与えてあげたいと思った。